千束でダンスが学べる、
中村隆彦ダンススタジオ様

お風呂屋さんの地下にあるという親しみがある立地です。

中村隆彦ダンススタジオ様の看板


今回インタビューさせていただくのは
代表取締役である中村様から
なんと2時間に渡るロングインタビューをお受けいただいたので、
ボリュームたっぷりでお送りさせていただきます!

 

どうしてこの地域を選んだのですか?

以前の場所が三ノ輪の駅前のスタジオで、
子どもたちが何十人も集まっていました。

そこから離れたら子どもたちが通えなくなってしまうので
三ノ輪の駅から子どもたちが自転車でも来れる範囲のところを探していたら、

たまたまここをWEBで見つけて連絡をしたところ
競争相手もいたので、
すぐに契約を決めて工事を入れて
床や鏡やバーを作って、防音の工事をしたり。

実はカーテンも防音です。

防音カーテンはこちら。とても上品。

 一階はお風呂屋さんで、
もともとこの場所はそのお風呂屋さんから
上がった後に
食べれるごはん屋さんだったそうで、

カラオケする場所だったり、なごりがあるんですよね。


中の厨房施設は子どもたちが入ってしまうと逆に危ないので
開かずの間になっています。 

三ノ輪のスタジオは何年前からやっているのですか?

当時、連絡があってやりはじめたのは6~7年前からだったと思います。

最初はダンスの講師を派遣して少人数でやっていて、

そのうち舞台の踊りや指導は手に負えないので
そのまま引き継いでくださいと言われて、
時間貸しのスタジオに変更したんですよ。

狭くて時間借りしていると高くついて
生徒もそれだと育たないなと思い

時間借りするくらいだったら、
自分で借りた方がいいと思って引っ越してきました。

メインは千葉の船橋ですか? 

そうですね。

最初はそちらでやっていて、
HPの方から三ノ輪の話があってという感じです。

いろんなジャンルをやりたかったらしくて
うちはバレエからヒップホップからジャズから

みんなやっているので、それぞれの担当講師がいるので
その講師が空いている時間に派遣してくださいから始まったんですよ。

 

ダンサーたちも舞台だけでは食べられないことが多いので
特にショー関係やミュージカル関係なんだったらマスコミがつくんですけど、

アート関係はほとんど劇団なんかもみんなそうなんですけど
みんな赤字でやっているので。
タレントさんだとかは黒字なんですけど。

せっかくスタジオも広いのにリハーサルでしか使わないのももったいないのでということで
最初は渋谷と新宿でやっていたんですよ。


そこはレンタルスタジオを借りてプロの卵たちを教えるクラスとかをやっていたんですけど、

それでリハーサル場所にいつも困っていて、
ある講演の前に千葉に引っ越してそこで広いスタジオが空いた時に
子ども達のクラスを始めたのがきっかけでした。

 

なぜ中村さんはダンスを始めたんですか?

小さい頃、母がやっていたんですが、 

ピアノとか日舞が好きな母で
ピアノを習ったりだとか日舞を習ったりしていたんですよ。 

宝塚なんかも母と見に行ったりしていて
途中で高校くらいの頃にアングラ演劇が流行って劇団がいっぱい乱立していて、
そこでお芝居の台本を書いていたりしていたんです。


大人数でやらなきゃいけないし、
踊りだったら自分で振り付けして自分で踊って
作曲も自分でできてということで
小さい頃からやっていた踊りの方に転向して行ってというのがあります。

 

若い頃からミュージカルに出演とかじゃなくて
どちらかというと演出したりだとか曲を作ったりだとか
そっちの方に興味があったので

スタジオを立ち上げて、
若いダンサーたちを集めて舞台を作って

そいつらは踊りだけじゃ食べられないので
それぞれに、クラスを持たせてみて、広がったというのがあります。


日大の芸術学部に入って、
大学の途中で仕事が既に沢山入って
好きなことをやってギャラをもらえて

調子に乗って中退したら、仕事がなくなったという。


たまたま若い頃に仕事が入っちゃって、
図に乗っちゃって、大学を辞めちゃって、

もうこれでやっていくしかないねと
頑張って40年やってきたという感じです。

 

中村さんにとってのダンスとは?というものはありますか?

そんな哲学的なものは思っていなくて、
気がついたら既にやっていたということと

芝居の台本を書いていて
自分が作って編集するのが好きで

だから曲も自分で選んで構成も自分でして
ダンサーも自分で集めてというのが好きで
小さい頃、自分でボール紙でお人形さんを作るのが好きだったんです。
  

いっぱい作って、勝手に自分の頭の中にあるストーリーで
お人形さんに芝居させたりだとか戦争ごっこさせたりしていたんですよ。

そのごっこの延長がまだこの年になっても
やっているということです。


ようするに妄想の世界です。
うちのお袋からピアノをやらせてもらったり、
踊りをやらせてもらったりしていたし、

兄貴が理系で細かい設計とかが得意で
今設計士をやっているんですけど、

それを見て覚えて、
気がついたら僕が自分で工夫をして作っていて
多分母の影響と兄の影響が合体してごっこになって、
それが未だにごっこしています。

この先に描いているものはありますか?

舞踊界の重鎮を集めたおっさんのグループの舞台が7月8月と決まっていて、
そのリハーサルと
新作の構想をしています。

7月8月に毎年子どもたちが全員出演する発表会があるんですよ。


それを一生懸命振り付け指導していて
だから将来の夢もくそもなくて、

現実の次の問題、次の問題っていう風に
次の舞台に対してやっていくうちに何年も経っちゃったみたいな感じです。

 

どういった時が1番楽しいのですか?

結局いい作品ができた時かな。

僕は本番はもう出演していなくて
劇場で演出させて文句いっているんだけれども、

本番が始まったらなんにもすることがないんですけど、
音響さんの 音が小さいとかなとか
照明のきっかけが遅いだとかイライラしているだけで。


でも、その舞台の瞬間が一番好きなのかもしれない。

自分の頭で描いたことが現実化しているというのが
多分好きでやっているんだと思います。

レッスンの様子はどのように見れるのですか?

ヒップホップとはとかバレエとはとか

理屈でいっても、
これですって見せた方が早いので
動画や静止画を多くHPに載せるようにしています。


レッスン風景は親に見学させないようにしているんです。
子どもたちの気が散ってしまうので。
 

うちでは発表会でもお子さん以外の親の出入りは禁止にしているんです。

発表会に出たいんだったら、
入り口でバイバイできないとダメだよと。

ゲネプロ(本番通りのリハーサル)は
朝10時に入って夜19時まで会場に缶詰になるので
ママ~と泣かない子じゃないと出れないよということで教育しています。


お手伝いに来てもらっても、
お手伝い中に自分の子どもが踊っている最中に見れなかったなんてこともあるので、
お母さんたちは会場で見てくださいという形にしています。


学校の参観日と一緒だと思うんです。

年に何回かあるだけだし、
学校の授業にしょっちゅう付いてこられてしまうと
子どもたちも勉強ができないでしょということで
こういう形をとっています。

 

舞台の世界はかなり保守的な世界で
上下関係だとか先輩後輩も結構あるので
そういうのができない子はもう発表会に来れないよとと伝えています。
 

スタッフに「 誰のこのおっさん 」
とか言っちゃうような子は
もうダメなんですね。

オーディションなんかでも
そういう子は落ちるし、
だから入り口でバイバイなんです。

 

レッスンをしているスタッフにも
僕にきっちり報告することを義務付けていて
そのレッスン報告の写真や文章をブログにあげているんです。 

講師たちも20代で若い連中もいるので
だからそれも自己判断するなとか自己判断するなと

じゃないと絶対にプロになれないからと。
結構講師たちにもいってい
その講師たちの教育もあって報告を全部やらせているんです。

 

芸能プロダクションの方に講師を送りこんだりもするんですけど
その時に態度が悪い子ねってなると
もうそのプロダクションから仕事はこないし、
だから個人の問題じゃないよってことできっちり報告させます。

プロダクションから僕と確認メールがあって、
これから出発する時とレッスン後にその内容を報告して
僕がプロダクションにメールを入れるという一連の流れがあります

いい加減な報告をされると仕事にならないので、
親と子どもと講師というのでうまくつなげるためにやっているのがブログですね。

 

踊りを通して、生徒さんに何を得てもらいたいのかはありますか?

やっぱり自分が発表会前に
例えば5人で作品を作っている時に
自分がお休みしてしまったら

他の人に迷惑がかかるし
行きたくない時でも
積み重ねていくと最後には喜びがあるし、

全部振りを覚えきって
何回も通し稽古をやって
本番をやった方が楽しくて
なんとなく半端にやっている方が
楽しくないという実感を得てほしいです。


何かを作り上げることとか
学校とか塾とかだけではできない人間関係があります。

例えば、うちは親は一切入れない代わりに
大きい子が小さい子の面倒をみるんですよちゃんと。

見ていると面倒を見られた小さい子は嬉しいだけなんですが、
面倒を見た大きい子たちの成長が見れるんです。

周りに気を使いながら、先生の話を聞き
小さい子たちの面倒を見なくてはいけないし
衣装を着せてあげないといけないしって。


子どもの面倒を見られる子の方が踊りがうまくなる。

うまい子の方がそういうことをするんですよ。

多分気をきかせて、周りをよく見ているんです。

習い事は続けるということと
人間関係と躾につながるから

昔の人は花嫁修業のために
花を習わせたりとかしてたんだろうなというのを思います。

浅活インタビューを受けてくださった決め手はありますか?

東東京の方は本当知らないまま来てしまったので、
ここの下町の生き方というか生活圏を持っている方とうまくそりを合わせないと、
ここにスタジオを作った意味がないと思っています。

1階のお風呂屋さんに聞いたには、
台東区は一番お風呂屋さんが多い地域ということで、
13時になると近所のおじいちゃんおばあちゃんが並んですよね。

俺なんて銭湯に何年行ってないんだろうとか思うんですが、

そういう文化がここには今もちゃんと残っていて、
お蕎麦屋さん、てんぷら屋さんとか有名なところが色々あって、
縁があってきっと呼ばれてきたんだからと思って。

このあたりの方はお祭りとかに命かけているんだと思うこともあって
都内なのに人情にあついとか。

このあたりは全然違うなと思っている時に、
浅活さんから連絡をもらったので、インタビュー受けようと思いました。

 

中村先生の話をお伺いして、
プロの姿勢や仕事に対する在り方を
インタビューを通して、学ばせていただきました。

中村先生、浅活インタビューをお受けいただき
ありがとうございました!!

中村隆彦ダンススタジオ 千束
詳細

住所

〒 111-0031 台東区千束4-5-4提柳泉ビルB1F
日比谷線「三ノ輪」駅徒歩12分

営業時間

10:00~22:00

クラススケジュールの詳細はこちらからご確認下さい↓↓

http://senzok.ntdance.site/pages/1509122/page_201712201222

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