2018/06/29

浅草橋で珍しいパーツを多数取り扱っているj4社長の熱い生き方聞いてきました【浅活インタビュー】

 

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坂本 愛
浅活グルメ担当!美味しいお店や素敵なお店は即チェック! この浅活サイトを通して、まだまだ知らない魅力溢れる街、浅草橋エリアを多くの人に知ってもらいたいということで、お店訪問レポートや最新情報を更新中!

浅草橋は、アクセサリーパーツが豊富な街としても有名ですが、数あるパーツ屋さんの中で、浅活スタッフが目をつけたのが、昭和初期から続く、j4さん。

社長にお逢いする機会が作れたので、早速お話を聞いてみました!!

 

j4は最初からアクセサリーパーツの会社だったんですか?

元々大阪の境で、私の祖父が昭和2年に立ち上げた工場やったんです。

うちの親父が後を継いで、1970〜1980年代を中心に大阪でアクセサリーを作って、
アメリカに向けて輸出するという商売をずっとやってきたんです。

 

なんでアメリカやといったら、当時の日本といったらまだまだ
プチペンダントとか、小さいものをつける。

 

大きなビーズを身に纏う、ネックレスにする、というのはなかったんですね。

 

その時アメリカは、ホームパーティーとかまさに着飾るのが好きだったのもあって、アメリカがほぼメインのお客様やったんですよ。
1992年に私、アメリカにおったんですね。

 

日本はアメリカに輸出せなあかん。
アメリカが大きしてくれるという親父の指令もあって、
日本の大学を卒業してからアメリカに留学して英語を勉強に行っていたんです。

 

その時に湾岸戦争から始まって、だんだん貿易摩擦とかその前から言われていたんですけど、
1994年に急激な円高が訪れるんですね。

 

1991年の頃は、160円くらいだったんですけど
それが一気にその数年で1995年には80円切るまでいったら、輸出なんてできないんですよ。

 

だから実は、その時親父がやっていた商売(アメリカ向けの商売)をほとんどやっていました。
工場で水揚げするにも8割以上はアメリカに行ってたんですけど、
それが本当にピタッと止まりました。

 

見事なくらい。

 

そんな中、一番大変だったことはありますか?

 

リーマンショックとかそんなんありますけど、それよりもアメリカとの貿易がストップした時が一番危機でした。
私もアメリカにいってたんだけど、何となくうっすら感じてたんです。

 

そんな背景があったんで、日本に帰ってきました。

本当は元々アメリカに行く前に一般企業に就職しようと思っていたんです。

 

しかし、親父がそういう状況にあったので、自分でも察していたのかも知らないけど、
1994年にアメリカとダメになったんです。

 

けれど、その時従業員はおったんですね。
当時は30〜40人の中年男女がおって、一生懸命作ってたんですよ。

 

大きな注文でしたので、当時は、みんな夜なべしていました。
その中で私、そこで生まれ育ったんで、それを見殺しにする訳にはいかないんです。

 

でもアメリカには頭を下げても何しても、もう注文がとれない。

 

そこからは国内の営業に変更しました。
まだ何にもわからないけれども、やるしかない。
そしたら東京しかない。そういう判断だったんですね。

 

当時東京に出てきて、西も東もわからないけど、いろんなところ行って、
東京でも宏和産業の工場という名前はやっぱり知っている人は結構おったんです。
もちろん多少なりともアクセサリーの商売はしていたので。

 

しかし、なんせ製造工場やったので、敷居が高いということをやたらと言われたんですね。

 

最初は褒められてるのかな?と思ったんですが、
大きな注文を持っていかないと相手にしないっていう親父がおったんですよ。

 

だからそういうことを言われて、その敷居というのを低くしないといけないと思ったんです。
最初は東京の代々木にマンションを借りて、そこを事務所にして、
寝泊まりして、3年間は営業活動したんですけど、
それだけじゃ言うてる課題が低くできない。

 

営業も大手ばかり狙うんです。
当時アパレルの大手とかそういう所を狙っていってたんですけど、上手くいかず。

 

ピンチから社長が取った行動

敷居を低くするのは何や?ということですが、
うちで作っているパーツを瓶に一粒入れて、
うちの親父が1万個からじゃないと注文は取れへん言っていたところを、1個から売ったろうと思って。

 

1個10円と書いて、瓶に並べて。
これを4年目、蔵前でやり出したんです。

 

1個10円とか、5円とか豆シールで貼ったのが、1998年。
それが始まりだった。

 

もう1つきっかけとして思ったのが、当時夜なべして自分たちの一生懸命作ったアクセサリーは
ほとんどアメリカに輸出してたんで、作ってるのをつけている人がいるのを見たことないんですよ。

 

だから、それをせっかく作ってくれた人らに見せてあげたかった。

 

だからまずは通信販売に営業に行った。
通信販売に営業にいったら、カタログに載るじゃないですか。

 

「あれこの間作ってたやつ!ここに載ったよ!」と、その人が作ったものが
例えばタレントがつけた、テレビに出たとめっちゃ喜ぶじゃないですか。

 

だからやっぱり、モチベーション含めて日の目を当ててあげたかった。

社長が大事にしていることは何ですか?

もちろんその背景には大きな注文を失って、なんとか経営を立て直すのにどうないしたらいいんや?というところか
東京に出てきて逆境だったことを1個ずつクリアしていくことがあったことで、
作り手をしっかり喜ばすためにその一番身近な手段は、どこで誰がつけるかっていう情報を取ることですね。

 

タレントさんに直接売ることは難しいかもしれないけど、東京で色んなメーカーさんとお付き合いすることによって、
今や通信販売、ショップチャンネルにも自分の会社が出ていたりするんですけど、今でもうちらの会員様はみんな見てますよ。

︎今はどんなお客様が多いですか?

今は、スマホの普及と共にマーケットがどんどん変わってきて、minnneとかクリマとかも含めて、
自分たちで作って、自分たちでポップアップ、ワークショップを出したりする
作家さんやクリエイターさんがものすごく増えています。

 

浅草橋がもっとこうなったらいいな。というところはありますか?

うちはうちで、ビーズを中心としたというのをやっていますが、皮製品やものづくりなど、ビーズ以外にも色んな業者さんがあると思うんですね。

 

すごいがんばっているクリエイターさんとかがいらっしゃって、そこで思うのは、
浅草橋の色んな業種の、各お店や会社が自社のパーツを持ち寄り、浅草橋でモノづくりをしているクリエイターさんの作品を展示会のように並べる。

 

その資材を作品の周りにダーっと並べて、クリエイターさんたちの作品とその資材の即売会をする。

 

我々は、その背景だけを見せてあげる。
そこにクリエイターさんの卵であったり、ファンもつくと思う。
ファンは絶対にリピーターになっていくんで。

 

だから、うちのビーズショップj4のお客さんだけじゃなくて、うちのことは知ってるけど、
他のお店のことは知らない人も知ってもらうキッカケづくりにしたい。

 

そこに、これだけの逸材がある!
ボタン、リボン、皮、ビーズもある。といったような感じです。

 

お店の案内と代表的なパーツを見せて、その真ん中は、今がんばってくれているクリエイターさんたちの
販売会の会場にしたらええと思うんですよ。

 

その背景を我々が演出するんです。
そういう場があれば広がるかなと。
クリエイターさんの中でも、セレクトショップに気に入られて結構大きな注文を取ったりとかも出てきているんでね。

 

よくあるのが、ブランドさんから500個の注文が来た。
500個作れって言われた。
私どうしよう!と、悩んでいる子もやっぱりいるんですね。

 

だからそんな時には「我々が受け皿になっているんだよ。大きな注文でも対応できるよ。」
というのを見せてあげて、もっと活躍してこい!という背景を我々の得意先としているクリエイター、作家さんだけじゃなくて、その卵である次の世代である次の子たちも呼んで、
その子達を羽ばたかせるようなステージを用意できたらいいと思います。

社長の夢を聞かせてください

社員1人1人が生きがいを持って、独立するじゃないけど、それぐらいの意欲を持ち続けることですね。
今の人たちに、意欲を持たすためにどう在るべきか?をいつも考えています。

 

人を育てるということと、人をサポートする・応援することっていうのを
自分でも一生続けときたいことですね。多分これから形が変わっていくと思うんですよ。

 

今までは会社を持ったら従業員を育てていくスタイルでしたが、今後は、そういう形じゃなくて、
作家さんとかクリエイターさんも増えてきたので、自分ができたことも教えていければと思っています。

 

作家さんとも共同経営っていう形で行っていきたいです。

 

我々ビーズとかアクセサリーをおじいちゃんの代からやっていたので、それを利用させてもらってるんですけど、
これを利用して、若い子に向けて、経営者を育てるっていうのもおかしいんですけど

 

”人をつくる” というのが自分がやらなあかんことやと思っているし、それが夢ですね。

 

東社長、ありがとうございました!!(後日感激しすぎて食事にお誘いしました!!)
お気に入りのROJICAさんで。

 

もう、1つの講演会を聞いたのか?っていうくらい胸を打たれました。
浅活は、「浅草橋の活性化」を目指し、事業を通して、個々が得意なコトを活かして事業を盛り上げていく。
つまり、商売繁盛することで、街全体が盛り上がるのだと思っています!

 

社長のような考え方をもっと広めていきたいと思ったスタッフ一同でした。

 

j4(宏和産業株式会社)詳細

 

東京本店ショップ住所

 

〒111-0053 東京都台東区浅草橋1-26-5 アーデン浅草橋

TEL

 

 

営業時間

 

平 日 : 10:00 〜 18:00
土曜日 : 開店日については 13:00〜18:00
定休日 : 日曜日・祝日・土曜日(不定休)

 

取扱商品

古布玉・パール転写・カメオ・アクリル・チェコビーズ・変形ガラス・ヴィンテージガラス・キャスト・ポリ注型(ポプリ・花びら入り)・インドビーズ・ガラス4枚花・ひび割れガラス・不織パーツ・金具類・工具類など

 

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