その想いは、本当のところどこから来ているのだろうか?

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自分を罰する事はもう止めよう

そう決めてから、その制限やクセを少しずつ、気がつく度に手放す。

私なんてダメだから

だから、我慢しよう
だから、譲る
だから、しょうがない

そうして来た事。
根拠のない『ダメな自分』を起点にするのを止めればいい。
それは、慣れてくれば気がつけるようになり、だんだん自分の気持ちを汲める用に様になってくる。

人間というのは良く出来たもので、分かりやすいところでは、出てこなくなると、巧みな感じに形が変わってくる。
自分を尊重して

これは我慢しない
相手が悪かったから折れるのは止めよう
自分の気持ちを汲もう

とする。
そうしながら、

どこかで相手をはねつけた自分をダメだとしている自分が、また、いる。

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これは、我慢しないのが悪かった、と言うことではなくて、自分を尊重する、を実行しつつ、自分をダメだとする事も叶う、(ある意味)一挙両得なのですね。
そう言う巧みさに、いつの間にかすり替わって行く。

はねつけなければならない様な、その出来事を起こしているのが自分だったりする。

自分を尊重する

をする為に。

自分がダメだとしている時、長くそれが普通のことで、そうだった世界にいたのだから、気持ちは辛くてもどこかで安心感を得ていたりする。
いつものパターンと言うやつに。

そこを変えよう変えようとすればするほど、構成は巧みになり複雑化し、こんがらがった糸の様になってくる。

問題を見ていても、解決しないんだよね。
問題に対処している間は。
それは見つめれば見つめるほど、強化されていく。
複雑化していく。

自分を見るって、そう言うことではないんだと思う。
そう言う表面の話じゃ無いんだと。

ほんとうはとてもシンプルなんだと。

だから、いつでも私は同じ質問をしよう。

あなたはどうしたいのですか?

その奥の奥を思い出す。
底にある想いはなんですか?

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専門家コラムの提供者

人生を創造するコンサル 狭間和恵 様
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